本日も桜が綺麗

節度と信念

いしょもどき

[追記 4/25] 薬と酒を同時に摂取したら無意識に書いていた文章です。なんか気に入ったので残しておきます。

遺書

これから生きていく自信がありません。取り返しのつかないことをしてしまう前に死ぬことにします。

誰も悪くありません。私が悪いのです。

何がどうなればか死ぬことにはならなかったのか、と思われるかもしれません。強いていうならば、何もしたくなかった。ただずっと何も考えずに眠っていられればそれで良かった。でも、この世界では何かをしなければ受け入れられないことがわかったので、別の世界で何もしない道を探ろうとしたのです。

私が妥協して普通に生きることを選択したとしても、たどり着くのは安らかな眠りではなく不安、焦燥、劣等感に消耗し続ける日常です。毎朝早く起きて、家畜小屋のような電車で人間の潜在的な攻撃性を嫌というほど感じながら、話したこともない人たちや顔も知らない人たちを養うために会社に通勤し、属人性を取り払った別に自分がやらなくても良いような、効率的かもわからない意義もわからない業務に1日の大半を食われながら、圧倒的な個に対しての羨望と嫉妬を、安酒で心の奥底に流し込むのです。

そんな普通を到底受け入れられません。 おそらく、人間どこかで「自分は特別だ」という感情を捨て去るために苦悩する時間があるのでしょう。そして乗り越えて普通を受け入れ家畜小屋に飛び込む思想が定着するのだと思います。

捨て去ろうと努力をしてみたことは何度かありますが、そのたびに跳ね飛ばされてしまいました。ちょうど、大学を1回、会社を2回辞めたタイミングになります。この戦いはとんでもなく精神に負担がかかるようで、僅かにあった向上心や自己肯定感をすっかり失ってしまいました。これは精神の病か薬の影響かわかりませんが、思考力や判断力も狂いに狂って、制御できない衝動買いや飲酒を繰り返したり、簡単な確率の問題や1次方程式の文章題、短文の読み取りでさえ苦戦するようになったことに毎晩苦悩しています。優しく声をかけてくれる周囲の方々とでさえ、顔を合わせる勇気がもうもてません。

生きるか死ぬかをじっくり考える時間が欲しかったのですが、経済的な理由で時間はそう残されていません。時間稼ぎのために転職活動をしてみましたが、転職活動自体が大変な苦痛のため、死ぬことしか考えられなくなりました。自分を偽り普通の思想でぬりかためることは、望まぬ詐欺を行っている気分です。

死を選択した自分が本物で、生きることを選択する自分が偽物とすると、昔好きだったはずのことも今は嘘ということになります。もう心の底から楽しむことができません。

何もしたくないなりに、何も考えず書いているので、つぎはぎだらけの遺書になってしまいましたね。椅子にだらしなく座って目をつぶりながら適当に打ち込んでます。タイポは恥ずかしいので時折チェックしていますが。

こういう保険のかけ方も鬱陶しいですね。自分の嫌いなところの一つです。だけど自己肯定感がないので、保険をかけてこれ以上ダメージを負うことがないようにしたいのです。自分が大嫌いなくせに、自分だけ守られればそれでいいという、どこまでも汚らわしい矛盾した思想が私の本質なのです。

最後の最後で、ちゃんと自分で死を選択して実行できた自分だけは、好きになれそうです。私物は全部捨ててもらえるとうれしいです。嫌いな自分の痕跡は全部消したいです。すると骨しか残らないでしょう。

さよなら。